リサイクルって何だろう?
 

リサイクルって

リサイクル、していますか?

現代の環境に悪影響をもたらしますので皆さん自発的にリサイクルをしてくださらないので、こうなったら強制的にリサイクルするように法案を変えて生きますからご了承くださいね♪ といった具合でここ数年ゴミというものの見方について改めてくださいという機運が高まっていると感じませんか?そういったリサイクルという物を徹底付けるために特に行使している法律といえば『家電リサイクル法』だと個人的には思っています。不要な家電がまだ残っているなら捨てるのではなく、きちんとした処理方法を利用してリサイクルという新たな資源として生まれ変わるための努力というものをして見ませんか、とそんな宣伝文句を聞いたことがある人がほとんどではないでしょうか。

そんなこと関係ないね、自分は自分の生き方を進んでいくだけだ、というような何を根拠にして原動力にしているのか分からない人もいるかと思いますが、社会という枠の中で生活をしているという時点で逸脱した生活を過ごすことは不可能です。そんな生活と無縁の生活を過ごしたいと考えている人は、もうこの世界から生きているということを諦めてください。

そんな世間の事情でリサイクルをどうしてもする必要がある場合が今後も増えていくことになると思いますが、皆さんはリサイクルを心がけていますか?いらないものは全て燃えるごみとして焼却処理してしまえば大丈夫、なんて無謀すぎる考えを抱くのではなくきちんと条例などで分別されたやり方できちんと処理することが本来のリサイクルとしての考え方です。そう考えると昔は何でも燃やすゴミとして分類して捨ててしまえばいいんだ、と考えて問題なかったみたいな風潮があったような気がするのは私だけでしょうか?ゴミというものは燃やせば良いというような感じに思われていましたが、現在では例え燃えるごみとして分類することの出来る素材で出来ているものであっても、リサイクルという枠の中できちんと資源として再利用するものに関しては、後処理をして指定されたリサイクルの流れに組み込むようにしなければいけません。面倒くさい、ではなくようやくそういう時代が到来してきたなぁと言う感じに思って良いでしょう。

90年代はもはやカオス

現在、2013年でこそリサイクルをしようという機運が高まっている状況ですが、これが10年前、もしくは20年前という時代になるとゴミ捨て場はもはや無法地帯だったでしょう。私もその頃はゴミ出しについては燃えるか燃えないか、その二つで判断して捨てれば良いということを親から言われました。今考えたらものすごいことですが、子供だったので特別疑問に思うことなくそのまま何でもかんでもごみとして出していました。もちろんこの頃にも資源の再利用を心得ようという声はありましたが、私の両親はそういうことをあまり関心を示さないような人たちだったので子供である私もそんな両親の背中からゴミ捨てに関してはものすごい無頓着な子供でした。一つ追記しておきますが、今は違いますよ?可燃か不燃かだけではなく、地域ごとに設定されているプラスチック系のゴミとの分別などを心がけているので、まさか不燃のゴミの中に可燃を入れるといったことをしていないのでそこだけは勘違いしないようにしないで下さい。

現代でこそ明確に細分化されていったゴミ捨て事情ですが、90年代においてはそんなことを頭に入れてごみを出している人は誰一人いなかった、そんな街もあったのではないでしょうか。丁度その頃にはゴミ袋もまだ現在では禁止されている黒い袋を利用していたので、中身が見えないようになっていたということも影響しているでしょう。あのゴミ袋を利用してのゴミ出しは中身が見えない分、袋の中身には四次元ポケット並みの種類の道具が込められていました♪というレベルではなく、明らかにこれはこの日出すゴミの類ではないよねというようなものを平然と出していた人もいたことでしょう。今考えるとそういう事情を考慮してゴミ袋も地域ごとに指定されたものを使用することになる、また半透明の袋でなければ出すこと事態受け付けることは出来ないということになっていますよね。

ゴミ袋の半透明化に関しては、思い出してみると母が非常に嫌そうな顔をしていました、いくら半透明というモノであっても中身が若干ではあるが透けて見える、そのことに対して抵抗感を持っていたという可能性が考えられます。確かにゴミの中身に何が入っているのかということを確認できてしまうということは、それだけ生活観を垣間見ることが出来てしまうのでやはり当初は利用したくないという人が沢山いたでしょう。でもそのことに対して反対行動をとろうといっても生活をしていく中ではゴミというものは自動生産するように家庭内から誕生してきます。お金のように貴重品は輩出されていくだけなのに、価値なんて全くないものだけを生み出していく構図はなんともシュールなものでしょう。

そんなこんなでとりあえず黒いゴミ袋の利用が禁止されたことで若干はゴミ問題も少し落ち着いた雰囲気になった、ということはなく今度は投棄できないものを勝手に森林やら山やらに捨てるという行動に走るのでした。もうアレです、とことん自分たちがいらないものはそこらへんに捨てても惜しくないというように横柄な人たちのせいで環境破壊などを引き起こす要因を生み出すことになります。この問題は現在でも社会問題となっていますので、もはや国全体で考えなければならない問題として認識して取り掛かっています。

ダイオキシン問題

90年代、00年代初め頃に問題になったのはやはりダイオキシンという問題でしょう。子供ながらにニュースで流れているダイオキシン問題という言葉をテレビで聞いて、それを学校にいる小学校の友達が知識をひけらかしている様をよく覚えています。私はどうしてそんな難しいことを知っているんだろうというような軽い感じで物事を受け止めていたので気にしていませんが、小学生がダイオキシン問題とはと考えている時点で異色過ぎるでしょう。そもそも本当にその仕組みやら意味を完全に理解していた、とは考えにくいですね。

というような変な小学校時代の思いでもありますが、丁度その頃になるとダイオキシン問題という環境破壊が進行しているとニュースで流れていました。この当時は特にその問題に関してかなりシビアになっていた時期でもありますから、頻繁に言われるようになって国が用意した大型の焼却炉に関しては問答無用で、ダイオキシンを減らすために廃炉として処分されるようになりました。今考えると結構危ない状況だったんですよね、子供だったのでものすごいのん気に考えていたのですが当時を思い出してみると大人たちが騒いでいたことも納得できます。子供って便利ですよね、難しいことは全て大人に任せておけばいい時期なんですから、子供は学校行って遊んで勉強して、食って寝るのサイクルを繰り返せば良いだけなんですから得なときですね。中にはきちんと真面目に世界と向き合っている人もいると思いますが、基本私はその頃は特に何かを深く考えることなくのんびり毎日を生きているようなそんな子供時代を過ごしていました。社会問題に関してはニュースを親と一緒に見て分からなければ質問していましたが、しても次の日にはほとんど忘れているというようなことをしていました。いかに世界に対して無関心を貫いていたということを思い知るような行動を起こしていたのかということを露見することになりますが、自分にとっても環境破壊は外すことのできない問題だったというのは、さすがに高校生くらいになれば行動を移すようにはなりました。

当時のことを思っても、やはり自分のことを重視している人がほとんどな状況だったと思ってもおかしくないでしょう。人間なんて自分の事を優先的に考えている生き物ですから、環境なんていう漠然としたものについてまで取り合っている時間はないんだというような感じでしょうから、無関心を貫いて自分が何をしてもどうしようもないという風に見ていた人もいたでしょう。身勝手ですね、人間なんてものは。

プラスチックの再利用

プラスチック製品は不燃です、でも燃えるから可燃として扱って問題ないと親に言われたことがあります。超がいくつ付くか分からないような大問題発言ですね、一体何を考えても発言だったのか分かりませんがこれは私の親に限ったことではないでしょう。ペットボトルというものが誕生したときにはその処分方法が分からなくて可燃ごみとして出していた、そんな時期があったでしょう。画期的な開発商品として見られるものでありますが、画期的過ぎてその後の処分方法としてどうすればいいのか分からないと悩んだ人も少なくないと思います。親に聞いてもペットボトルってどうやって捨てるのと聞いても燃やせるから可燃で良いのでは、なんてことを軽く発言していましたが親もわからなかったのが本音だったのでしょう。

そうしてその後ペットボトルが可燃ごみとして出す人も増えたことで、行政としてもそのまま対応せざるをえないことになりましたがさすがにその許容量を超える量が来たことでリサイクルというものを強く意識するようになったのかもしれません。ペットボトル一つ生産するだけでどれだけの資材を消費することになるのか、むしろペットボトルを再利用すれば全く異なってくるだろうということで国が動き出した結果、その成果はすぐに顕著に出る事になりました。

それは平成12年度からプラスチック製品の再利用量が年々増加していくことになるのです。再利用することでさらに環境にも優しい状況になるということを証明することになったので、政府としてはますますリサイクル運動を推進していくことになりました。プラスチック製品が多く流通するようになった結果としてリサイクルというものをすることがいかに重要なものなのかということをはっきりと示した、ということになる。ペットボトルという存在はそんな私達のゴミ出し事情に対して危惧を投げかけるサインとなったといっていいでしょう。

不法投棄問題ってどう思いますか

度々問題にもなっていますが、やはりリサイクルと不法投棄というものは繋がっていると思います。最近ですが、リサイクルという名目で廃棄物を回収しておきながら、本当は利用することができないためにこっそり処分してしまうという問題も起こっています。実際に家庭内で不要となった家電製品などを買取という訪問商売を利用しての詐欺が近年横行しているということが発生しているのはご存知ですか?壊れたものでも何でも回収しますということを売りにして引き取った後、やはり利用することのできなかったものだから処分費用として何十万円いただきますという結末になっています。

実を言うと私の自宅にも本当に見るからに怪しそうなやつがいらない家電製品を引き取りますという古物商を名乗っている人間が訪れてきました。はなから訪問販売系の輩には基本的に門前払い的に対応していなかったので、その時も相手にしないで追い返そうとしましたがこういう手合いはかもを逃がさないとしてしつこく粘ってくるんですよね。話だけでもと食い下がってくるわけですが、こっちはあんたと話すことなんて何にもないんだよとして、最後は無理やり会話をシャットアウトして扉を閉めました。その後は計画が失敗したことで激怒して帰っていき、ついにはベランダで様子見た私に気付いて挑発行動を起こすなどの対応を見せてきました。その時点で明らかに詐欺行為を働こうとしていたんだなぁというのは明白でした。そういった類の人は基本的に何度も訪れてくるものですが、やはり少し派手に行動してしまったのでその後は二度とこなくなりました。

アホですね、そもそもいらない家電製品ということは何かしら欠陥が出たからこそいらないものということで、そして簡単には捨てることが出来ないからこそ自宅に残しているという事実を知っているのは、他の誰でもない所有者なのですから。その後所定の手続きをして回収してもらいましたが、もしもこの時容易に信じていたらきっと面倒くさい展開に巻き込まれていたことは確実でした。見知らぬ他人ほど信じられないものはないと言いますが、本当にそうですね。

私の自宅に来たやつも本当に詐欺を働こうとしていたのかどうかは定かではありませんが、本当だったとしたらその壊れている家電製品を業者はどうするつもりだったのかというのは、その答えはすでに決まっています。不法投棄、この一択で全てをかたにつけるつもりだったのでしょう。そうなると間接的に、そして騙されたとはいえ自分たちも業者をホイホイ信用して壊れた家電製品の不法投棄に加担する構図が出来てしまいます。そんな気はなかったといっても自分の持ち物だったものが山の中に在るという事実は覆すことは出来ないのです。嫌ですね、これでは二重、三重に罪悪感を背負うことになります。産業廃棄物系を回収しておきながら不法投棄をするような業者も存在しているということも起きている現状、あなたはどう思いますか?

そうなってくるとやはりお国下で施行されているリサイクル方に乗っ取っていらなくなった全ての廃棄物を処分したほうが言いことになります。きちんとした手続を持って処分しているわけなのですから、それならどういうものであろうと、民間の実態も分からない業者に任せるよりかはずっと安心できるでしょう。不法投棄を減らすためにはもちろん悪質な業者に対しての罰則を強化することはもちろんですが、私たちも産業廃棄物などの扱いには一定の理解を示して自発的に行動しなければいけないでしょう。

ちょっといい話
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